kurage

憧れの人、というのが仕事上でもプライベート上でも誰しも数人はいると思います。私の憧れの人の中でも特別、一回り年上のお師匠様のような存在の人がいます。その人はwebデザイナーとしても1人の大人としても私に「筋道」を見せてくれたような人です。

ある日、その人に「色気ってなんだか知ってる?」と聞かれたことがあります。「知性だよ。」と。「自分の知らいないことを知っている人に、人間は色気を感じるんだよ」と。その根拠は正直よく分からないんだけど、確かに、と今でも思います。

一昨日の晩、ふと「知性とは何だ。」と思ってその場でぐぐり、一番目に出てきた本をkindleで買いました。結果、自分自身の勉学に対する意識を変えるような、そんな自分にとって間違いのない「良書」との出会いとなりました。


これは国文学者リンボウ先生こと林望氏が、知性について「学問・読書・遊び」という3つの視点から書いている本です。

知性とは、方法を身につけること

そもそも一体知性とは?この問いに著者は「『方法』を身につけること」と答えます。物事を分析的に見る方法を持っている人は、ある一つの絵画を見た時に「なんて美しい線!」など感情的アプローチから語るのではなく、それが何故美しいのか他との比較など主観に頼らないアプローチができます。その上で学問の基本とは「研究史と注釈」。それから学ぶ方法を身につけることができる、と筆者は言うのです。

これにはすごく共感しました。

私の場合、大学受験での「日本史」の勉強、これこそが最初の「学問」の経験だったと思います。(大学合格を目指すという目標があった分、筆者の言う学問とは少しずれていますが)当時は特に幕末が好きだったので幕末がどういう風に解釈されていたのか本を読むのはもちろん、一つ一つの出来事についてとにかく細かく因果関係を追っていました。所詮高校生レベルだったと今振り返ればそう思うのですが、そうやって学問に触れたこと自体は大学に入ってから今に至るまで自分の「学習」に大きな影響を与えています。大学では商学部で広告・マーケティングを専攻していますが、そんなものこれまで学んだことは一切ありません。しかし、どういう風に本を読み、勉強していったらいいかというのに迷うことはそんなにありません。

知性を磨くとは、これを積み重ねていくことなんだ、とふと目の前の道が開けたような感覚に。

今会社でもプライベートでもデザインの修行をしていますが、グラフィックデザイン・プロダクトデザインが一体どのように今に至ったのか、それを学ぶことも修行の一つの道だと今はっきりそう思います。

私達は無意識に読書に強迫観念を覚えている

知性を磨くために「古今の名著を読まねば」と読書に対してある種の「強制」を覚えていました。けどそれは全く違う、というのが筆者の主張です。万人にとって良い本なんてこの世には存在しない、名著なんて流行に過ぎない、と。

読書をしたからといって人間的に偉くなるわけじゃない。その人に対して何か力を与えるのが読書なんだろうと思います。(中略)だから、恋の苦しみを癒してくれた恋愛小説が書棚にあるということは、自分の人生の一部が書棚に残っていることと同じなわけです。(林望「知性の磨きかた」)

古今の名著なんて自分に何か力を与えないのであれば自分にとっては何も意味のない本。同時に、無駄のない読書なんてそんなもの薄っぺらくて、無駄だと思うような読書を積み重ねそこで出会う自分の良書に本当に価値があるのだと気付きました。

(一番ここ最近の名著は、マリッサ・メイヤーのLEAN INかな!彼氏との別れからサクッと立ち直ることができました・・・!笑)

結局のところ知性を磨くというのは

そんな簡単じゃないなというのが結局の結論です。「研究史と注釈」による学問を積み重ね、自分にとっての良書を見つけていく。師匠に教わったことを、100%努力していても師匠を超えることなんてできないし、そこはいかに自分が若いうちから積み重ねていけるかです。

気の遠くなるような話、だけど今から1o年後、20年後、50年後の未来がとっても楽しみで、よーしやってやろう!という希望に溢れる、間違いなくこの本は「私にとっての良書」でした。